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メルカリの時価総額はどうやって決まったのか。

1.はじめに:メルカリの時価評価方法について

2018年5月14日に、フリーマーケットアプリを展開する株式会社メルカリ(以下「メルカリ」という)が東京証券取引所のマザーズ市場に同年6月19日付で上場することが発表された。想定仮条件・発行済株式総数から算定すると、時価総額は2977〜3654億円となる。

Ⅰの部でメルカリの直近業績を確認すると、進行期である2018年6月期の連結計数は以下に記載されたものとなっている(EBITDAは公表情報から計算)。

実務上、IPOにおける公開価格は、マルチプル(企業価値や株主価値と、特定の財務指標の比率に着目して企業を時価評価する方法)により決定される。IPOを申請する期(「IPO申請期」という)の着地見込みの財務計数を用いて、公開価格が決定されるケースが多い。本来このケースにおいては、多くの場合、利益を基準として公開価格が決められる。
しかしながら、現状公表されている情報をあつめると、進行期である2018年6月期に黒字着地する見込みは薄そうである。
メルカリはどのように時価評価されたのだろうか。

各種計数を比較すると、メルカリの時価総額は、2018年6月期の売上高(ないし売上総利益)の着地見込をもとに算定されたものではないかと推測できる。
この投稿では上記の推定が正しいと仮定した上で、メルカリの上場スタイル、すなわち申請期に赤字で着地し売上高や売上総利益を基礎として公開価格を決めたことが、日本の今後のIPO市場にどういう影響を与えるのかについて述べようと思う。

2.これまでの話:IPO時における公開価格はどのように決まっていたか

日本では業界慣行的に、当期純利益と株価の比率に基づいて株価を決める「PERマルチプル(PERは、Price Earning Ratioの略。株価と利益の比率)」によりIPO時の時価評価が行われてきた。
上場する市場・企業の業種にも左右されるが、例えばマザーズに上場するIT関連の企業は、概ねPER30倍前後を基準に公開価格が決まるとされる。言い換えると、1株あたり当期純利益の30倍が基準となり、公開価格が決まることになる。

(1)PERの水準は過度に保守的ではないか?という話

IPO企業に適用されるPERは、建前上、IPO企業と同業のよく似た類似企業の実際のPERを参考として決定されると言われている。しかしながら、市場全体の傾向とIPO時の傾向を比較すると異なる実態が浮かんでくる。

上図に、マザーズに上場している企業223社のPERの分布 (a) と、2017年にマザーズにIPOした企業49社の公開価格のPERの分布 (b)  を並べた。右軸に、企業数の累積%を記載している。
IPOした企業の公開価格におけるPERは0-50倍のレンジに9割(全49社中44社)の企業が集中している。それに対して、マザーズに上場している企業のうち、PERが同じ0-50倍のレンジに収まっている企業は5割以下(48.8%。223社中109社)となっている。マザーズ上場企業の4割超の41%(223社中92社)の企業が、PER50倍を超えている実態と照らし合わせると、IPO企業の公開価格算定に使われるPERは保守的な水準と言える。

この結果、広く知られている通り、公開価格と比べて初値が過度に高騰する市場環境が形成されている。
2017年にマザーズに上場した企業49社の公開価格と初値を比較すると(下図)、公開価格からの騰落率は平均値+145%、中央値+133%となっている。これは、一般的・平均的なIPO企業が、市場価格の半分以下の単価でしか、資金を獲得できないことを示している。
米国市場の動向を調べた限り、米国でIPOした企業の公開価格からの騰落率は20%未満となっており、両国を比較すると日本の現在の市場環境は健全ではないといえるだろう。

(2)黒字化が必須となると、先行投資を阻害しないか?という話

PERマルチプルによる値付けをされることを前提とすると、当期純利益を参考値として公開価格が決まる。そのため、IPOを目指す企業が十分に時価評価をされようとする場合、IPO前後の会計期間において当期純利益を十分積み上げる必要がある。特に、IPO直前期まで赤字だった企業は、IPO申請期において黒字化することが求められてきた。

2017年にマザーズに上場した企業49社の決算情報をみると、全体の20%弱にあたる9社の企業が、IPO直前期に当期純損失を計上していた。
それに対して、2社(マネーフォワード、ソレイジア・ファーマ)を除いた全ての会社が上場申請期に黒字化予想を出している。

マザーズ市場全体で1割の企業が赤字を出していることを踏まえると、上場申請期に概ね全ての企業が黒字化している実態は正常といえるだろうか?
赤字企業の黒字化(並びに、当期純利益の積み上げ)について、売上規模拡大に伴い自然と達成できるものならば、特に主張すべき論点はない。

現在の会計ルールに基づくと、①将来の規模拡大に備えた先行投資的な採用費や人件費、②新規顧客獲得に際し支払うセールスプロモーション費用、③新規事業創出に伴う研究開発費など、これから組織・事業規模を拡大する上で必要な先行投資が費用として計上される。
これらの支出を行うと、当然に費用が計上され、結果として利益は減る。
アクセルを踏み続けるべきところを、IPOに伴う黒字化の期待により、企業が、上記に上げた先行投資活動を緩めてしまった可能性がある。

「新規顧客獲得に際し支払うセールスプロモーション費用」に限定して調査すると、2017年にマザーズ上場した企業のうちIPO申請期に黒字化した7社のうち開示上広告宣伝費の金額が確認できた2社は、両社とも直前期・直前々期のいずれかより、申請期(N期)において広告宣伝費の計上額を抑えていることが確認できた(上記)。
これにより、「IPOに伴う黒字化の期待により、企業が先行投資活動を緩めることを求めれた事例がある」ことが推定された。

(3)ロジックとして正しいなら問題ないのだが…という話

ここまで問題点を指摘した、当期純利益と株主価値の関係性をもって企業の時価評価をするPERマルチプルだが、教科書的な視点で評価しても必ずしも優れた方法と言えない。例えば、負債調達の多寡が一切時価評価に織り込まれないため、有利子負債を多額に借り入れ、財務レバレッジを効かせた企業の方がValuation上有利になるとされる。
仔細な解説は省略するが、結論として理論上とりわけ優れた方法でもない、ということをここでは主張する。

この章で記載した、現状の30倍前後を基準としたPERマルチプルの問題点を以下にまとめる。

① 市場と比べて保守的な水準で公開価格が算定される。
② 初値と公開価格の大きな乖離を生み、IPO企業の資金調達を抑制する

③ 先行投資中の企業に対して、黒字化を強く促す。
④ 理論上も優れた方法ではない

3. Webサービスの企業の時価はどのように決めるべきか

現状の日本におけるPERマルチプルがあまり優れた時価評価方法ではないとした場合、どの時価評価方法を使うべきなのだろうか。
この点、近年ニューヨーク証券取引所でIPOをしているSaaS(Software as a Service)企業の時価は、冒頭に紹介した、売上高を基準にして時価評価される方法(PSRマルチプル)により時価評価されていると言われている。
この章では、PSRマルチプルが近年評価されている背景を説明する。

(1)そもそも当期純利益はなぜ重視されていたのか

当期純利益をもとに株価を算定するPERマルチプルが重宝されてきた理由の一つは、単純に「当期純利益」が長い間経済社会で重視されていたことだろう。
当期純利益が重視される背景は、長く経済の中心であった伝統的な事業(例えば製造業)を前提として、財務三表(貸借対照表・損益計算書・キャッシュフロー計算書)を用いて考えると理解しやすい。

このような産業の場合、事業規模拡大のための投資の対象は機械・工場などの「資産」となり、貸借対照表の左側に計上される。その投資を行う資金を集める調達活動の成果は、「負債・純資産」として貸借対照表の右側に計上される。投資活動・資金調達活動に支えられて、実際企業がどの程度儲けられたかの状況は、損益計算書に表現される。

キャッシュフロー計算書を踏まえた、財務三表の役割は以下の通りとなる。

・貸借対照表の左側で投資の状況、右側で調達の状況をみる
・損益計算書で、儲けの状況を見る
・キャッシュフロー計算書で、投資・調達・儲けの3つのバランスを見る

このようにシンプル化した財務三表の見方をすると、企業の実力をみる目的で、損益計算書の最終数値である当期純利益が重用されることになる。

(2)SaaS企業中心に広まる新しい考え方

上記で確認した伝統的な財務三表の解釈の仕方に対して、サブスクリプション型の収益構造をした企業を中心として新しい財務の見方が広まっている。

サブスクリプションモデルに代表される通り、多くのSaaSの収益は、同じ顧客から、継続反復して複数回獲得することを見込んでいる。
新規顧客を獲得した際に一度に全額利用料を回収するのではなく、1回あたりの利用料を下げる代わりに極力長い期間反復して利用してもらうことを前提として、サービスの価格設定を行っている。

この場合、新規顧客を獲得するための「営業・マーケティング費用」の費用対効果はどのように捉えるべきだろうか。1回で顧客から収益を得るサービスと異なり、営業・マーケティング費用を支出した年にその費用が回収されない可能性もある。従って、コストを支出した年1年間で収益性を判断するのではなく、新規顧客がサービス利用を終了するまでの期間全体をみて営業・マーケティング費用の費用対効果を判断する(上図)

このような将来の長期間にわたって新たな収益を得ようとする「営業・マーケティング費用」は、Webサービス事業を営む会社にとっての投資活動と言えるだろう。

損益計算書(つまりは当期純利益)は企業の収益力をみるもの、とする従前の見方に従うと、営業・マーケティング費用は費用の1構成要素にしか過ぎない(上図)。

営業・マーケティング費用を投資活動とみなすと、損益計算書は① 投資活動を行うための源泉をどの程度稼げているか ② 実際にどの程度投資しているか、の2つの情報を提供する書類となる。サブスクリプション型のビジネスモデルの代表格であるセールスフォースドットコムは、損益計算書上の2つの活動(投資活動と収益活動)を分けるために、営業・マーケティング費用支出前の経常利益という概念を提唱している(上図"SaaS企業の損益計算書"参照。なお、本稿ではこの利益を"投資前経常利益"と記載している)。

上場申請期にメルカリが赤字を計上しているように、投資活動を行っている途上の企業は、損益計算書上から推定できる投資前経常利益以上の金額を投下している。これまで投資家や金融機関から調達してきた金額と、サービスにより得た利益をあわせて、その期の投資金額を決定する。
そして、投資活動から得た新しい顧客からの収益が、翌期以降に積み上がることになる(上図 右側)。

(3)この章のまとめ

Webサービス事業を営む会社にとって、当期純利益は、企業の収益力と投資活動の結果を合算したものとなるため、企業の実力を測る指標として適していない。
また、収益力を表す投資前経常利益は、企業・サービスの収益性を正確に表すものとなるが、現状の会計基準上開示対象となっていない。

その結果、SaaS企業の時価評価をする場合、企業がこれまで積み上げてきた反復継続して生じるストック型の売上高が、時価評価に際しての判断基準として用いられるケースが増えている。実際に、ニューヨーク証券取引所でIPOをしているSaaS企業は、PSR8-10倍を基礎として時価評価されるケースが多いとされる。

以上、この章の内容をまとめる。

① 当期純利益は企業の収益性を示すものとしてみなされてきた
② SaaS企業にとって、損益計算書に含まれる費用には
  投資活動によるものも含まれる。従って、損益計算書上開示される
     段階利益では、収益性の純粋な横比較は難しい
③ 横比較が容易に可能な売上高に着目して時価評価される企業が近年多い

4. まとめ:あらためてメルカリの時価を確認しよう

メルカリの時価の話に戻ると、メルカリの時価は現行SaaS企業の時価評価方法として適している売上高に着目して時価評価されたものと推定される。

少し細かい点に言及すると、これまでの上場済の企業を見る限り、本件は株主価値/売上総利益により時価評価をしたのではないかと見ている。
メルカリのような小売に関連するCtoCの企業の実例は少ないため、メルカリと同じ一般消費者を顧客とするBtoBtoCの企業が類似企業となりやすい。
これらの企業とメルカリは当然に収益構造が違うため、売上総利益を用いた方が比較しやすい。
株主価値/売上総利益の比率をBtoBtoCのECプラットフォームを提供する会社と比較すると、メルカリの公開価格の水準は説明しやすいものとなる(下記)。

最後に、メルカリが申請期に赤字で着地し売上高や売上総利益を基礎として公開価格を決めたことについて、今後のIPO市場環境に対して良い方向で作用すると思われる点をまとめる。

① Webサービス系の会社にとって合理的なPSRマルチプルが使われた

連結赤字となっている原因をつくっている営業・マーケティング費はメルカリにとって先行投資の意味合いをもつ。事実、米国市場開拓のために投下されている費用により、赤字となっていることが伺える。

この実質的に投資と言える費用の影響を強く受ける当期純利益を使って時価算定するのではなく、これまで積み上げたトップライン項目(売上や売上総利益)を用いて時価算定することは、PERマルチプルと比較して相対的に合理的であると言える。

② PERマルチプルが適用された企業と異なり黒字調整の形跡がない

近年まで当期純利益を過度に重んじる風潮の元、投資活動を縮小して当期純利益を計上しIPOを迎えた企業もある中、メルカリは投資を縮小せずにIPOにたどり着いた。

③ PERマルチプルのケースと比較して、過度に保守的な倍率を用いていない

売上総利益に関する比較をした限りにおいて、公開価格におけるメルカリの時価は過度に保守的な水準とならない。メルカリは今回のIPOに際し、公募増資により500億円程度の資金を調達することになっており、資金調達手段としても事業の成長上有効に働いているといえる。

本件のメルカリのIPO事例がモデルケースとなり、今後IPOする企業についても合理的な意思決定が阻害されない、健全な市場環境が形成されることを願っている。

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VisionaryBase/ヤマオカタスク

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